小学生のころ「文通」がちょっとしたブームでした。
手紙のやりとりをする文通相手は「ペンフレンド」や「ペンパル」と呼んでいました。
出会いのきっかけはマンガや雑誌の「文通コーナー」。
だけど今振り返ると、ちょっとゾッとするんです。
だって、住所も名前も学年も——知らない人に雑誌を通じてぜんぶ見せてたなんて!?
今回は、そんな“個人情報ダダ漏れ”な昭和の文通文化と、自分自身のちょっとしたエピソードも交えて振り返ってみたいと思います。
文通コーナーは今では考えられない“個人情報大公開”
当時の少女マンガや雑誌には、必ずと言っていいほど「文通相手募集」のコーナーがありました。
そこには、簡単な自己紹介や自己アピールと名前・住所・年齢(学年)など、今なら絶対NGな個人情報が堂々と載っていたんです。
もちろん、会ったことも話したこともない相手に手紙を送るのが前提。
「お菓子作りが得意な中1です!」とか「東京に住んでる人と友だちになりたい」とか「西城秀樹のファンです、お手紙待ってます。」とか、簡単なメッセージを見て、「この子と文通してみたいな」と思ったら、掲載された住所に直接手紙を送る。…今なら考えられませんよね。
顔写真が載ってたのもあったと思う。
審査もなかっただろうし、本人確認なんて皆無。
もしかすると小学生のふりをした大人がまぎれていたかもしれない。
りぼんとかなかよしなら小学生の読者が多かったと思うけど、明星とか平凡は年齢層も高かったと思う。
住所を知っていれば、突然家に来たり待ち伏せされたりする可能性もあったわけで、今考えると本当にこわい。
でも当時はそんなこと、誰も気にしていなかったのです。
当時は純粋に誰かに手紙出そうかなって、住んでる場所や同年の女の子を探してけど、今こんなにうたぐり深くなっているのは、私母親になったからか、時代がそうなったのか・・・
ペンフレンドがいるのがトレンド!?
私のクラスでは、ペンフレンドをもつというのがトレンドになってるときがありました。
だから文通コーナーで知り合った知らないこと文通してる子もいてました。
私はといえば、ペンフレンド募集で知らない子と文通したのではないけど、ちょっと変わった文通体験がありました。
私の文通相手は、同じクラスだったR子が転校先で仲良くなった友だち。
春休みに、友だちと4人で転校したR子に会いに行ったときに「文通しよう」と提案されました。
後日、R子が転校先の新しい友だちの名前と住所(1枚の便せんにそれぞれが自分の住所と名前を書いていた)を手紙で送ってきた。
手紙には、誰と誰が文通のペアになるかR子が転校先の友だちをひとりずつ私たちにあてがって、まず私たちからR子の新しい友だち宛に手紙を出すようにと書かれていた。
私たちが、なかなか手紙を出さないと「〇〇子が手紙待ってるから早く出して」とR子から私の友だちの家に最速の電話がかかってきて、しかたなく手紙を書いた。
今思うと、なぜあんなに仕切られていたのか、なぜR子は文通にこだわってたのかナゾです。
もうひとつナゾなのは、私たち4人とR子の新しい友だち4人が文通をすることになったんだけど、R子は誰とも文通してなかった・・・なんで???
文通って…みんな続いてたの?
結局、その文通は自己紹介的な手紙をお互い出してそれから自然消滅。
だって、顔を見たこともない友だちの友だちなんて書くこともないし。
「何を書いたらいいか分からない」
「共通の話題がない」
他の友だちもそんな感じで誰も文通は続かなかった。
当時文通をしてた子ってみんな続いてたのかな?
よく文通で仲良くなった子と夏休みに会うという話をおたよりのコーナーで見るとなんか夢があるなぁと思いました。
外国に住んでいる子と文通してる子もいてましたよね。
ちなみに私は高校生の時、コンサートで顔なじみになった大学生のおねえさんと仲良くなって文通してたことがあります。
かなり続いたのは共通の話題があったからだし、実際に何度も会ってしゃべってるから。
でも引っ越ししたりしてそこから途絶えてしまった。元気かな?
いまこそ文通が新鮮かも?
今やLINEやSNSが主流で、手紙を書くことなんて年賀状くらい。
いや年賀状も最近では「年賀状じまい」をしてLINEスタンプで新年の挨拶を交わしています。
数年前、ステイホーム中に「退屈だから」と娘が友だちと文通を始めたんです。
レターセットを買ってきて、手紙を書いてポストに投函。
郵便受けに友だちからの封筒を見つけてすごく楽しそうにしてるのを見て、これが文通の醍醐味だなって思いました。
スマホの画面越しのやりとりでは味わえない、「手紙ならではのうれしさ」を感じているようでした。
私たちの世代にとって文通は懐かしいものですが、若い世代にとってはむしろ新鮮かもしれませんね。
あとがき:
あの頃の文通って、というより文通をする相手を見つける方法って今では考えられない
全国誌で個人情報公開なんてこわすぎる。
でも今のようにネットもないから、もしかしたら思っているほど危なくはなかったのかもしれない。
昭和ってそういう時代だったのかも。
文通コーナーで、文通したい相手に手紙を送るのは、SNSでいいねを押したり、コメントしたりDMを送ったり、知らない誰かとつながれるワクワク感と少し似ているのかもしれない。
文通は手紙を書くだけでなく返事を待つ時間も含めて楽しむ文化です。
今は便利なツールが増えましたが、文通の本質は残り続けているのかもしれませんね。